大阪中之島美術館「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展」を酷評する。
昔、トレドでエル・グレコを見た時、前に日本の団体ツアーの人たちがいて、
引率の人が「はい、この絵は有名です。これは見て下さい。いいですか、1、2、3、はい、次へ行きます!」
といっているのを聞いて、仰天した。
しかし、大多数の人にとって、絵画というのはそういうものなのかもしれない。
パリのミュゼは昔からわりと写真が撮れるので、有名な絵の前では、必ず写真を撮っている人がいて、名画との「記念写真」、ツーショットを撮る人も多い(笑)
いわば、有名人を見る、芸能人に会う感覚なのだ。
しかしその気になれば、オルセーでも、ミレーの前だろうがクールベの前だろうが、ふと人が途切れ、1対1でじっと対峙できる時間がくる。
何ならマネの前に30分座って眺める、なんてことだってできた。
僕は子どもの頃から鍛えられたので(笑)
同じ絵の前で、5分や10分立ち尽くし、飽きずに眺めて、楽しめる。
しかし、ひとつひとつの絵を5分見ろ、といわれたら、退屈する人もいるだろう。人口比からいえば、そちらのほうが多いだろう。
だから、その両方が楽しめる美術館、美術展が、一番いいのだろう。
しかし今年の、大阪中之島美術館「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展」は酷かった。
空前絶後の酷さというか、まさに文化の終焉、美術の屠殺場、というほかない。
(...まぁ、あれは素晴らしい体験だった、忘れがたい、クォリティタイムだった、と思ってる人もいるだろうから、そういう人は、「酷評」ですので、スルーしてください;)