無賃乗車、パリの旅。

財布を差し出した少女と、失敗を許さない社会の話。——2026年、新春記念ポスト;)むかしtiwtterにも書いた話から...。
平中悠一 2026.01.02
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それはパリに住みはじめて、何年目のことだっただろう。

たぶん最初の頃だったような気がするが、ある時、僕は電車の自動改札から出られなくなった。

それは郊外につながる電車(RER)で、チケ(切符というものが当時はあった;)のゾーン外に出てしまったからだ。まだ慣れない街でのちょっとしたヘマ、僕の「失敗」だった。

はじめて降りようとしたその駅で、僕が辿り着いた出口は無人改札だった。もちろんそこには日本のような、自動精算機なんてものはない(笑)

逆に行けば別の出口があるかもしれないが、僕の出たいのはそちら側だった。さらに反対のホームまで行けば有人の改札がどこかにあったかもしれないが、何しろ郊外線だったし、どうやって反対側(フランス語ではquai、岸といいますが)に行けばいいのかも判らなかった。

それは冬の寒い日で、小さな出口にたどり着いたのは、僕だけだった。

どうしたものかと途方に暮れていたら、改札の外で、女の子がふたり、フランス人らしく立ち話をしていた。高校生くらいだろうか。すると、そのうちのひとりが、ふと相手の話を、ねぇ、ちょっと待ってね、と遮ると、あのムッシューが出れなくなってるから、出してあげなくちゃ、とそういった。

そして自動改札の隙間から、ムッシュー、と腕を差し込んで、これで出てきなさいと財布を渡してくれた。ふくれ上がった女の子らしいお財布を、そのまま、丸ごと渡してくれたのだ。

そこで僕はその財布を、改札のレクターにそのまま当てて、その中に入っていたであろうナヴィゴ(スイカのようなやつ)で、ディンと鳴らして改札を出てきた。

ありがとう、と財布を手渡すと、女の子はうん、うん、と頷いて、そのまま立ち話の続きを始めた。

これは、僕がどう見ても悪人面ではなく、財布を摑んで逃げたりしない、というのがパッと見て判った、ということでもあり、またその当時、2000年代半ばのパリは、まだまだ下町情緒というか、日本から来た僕から見ると、驚くくらい人情味みたいなものがあった。

そのパリ郊外のリセエンヌが(ということになると思うけど)謎のアジア人である僕に親切にする理由などなにもないだろう。

...たとえば、いまの日本で日本人が、見慣れぬ外国人に、こんな親切をするだろうか?(こんな親切、とはつまり、完全に個人的な、独力の、つまり〝自己責任の〟親切、ということである。駅員のいる場所を教える程度が関の山、ではないか)

昔twitterにも書いたから、この話はもしかして読んだことのある人もいるかもしれないが、フランス人ならこういう場合、改札を飛び越えたり、よじ登ったりして出てきてしまうのが普通かもしれない。だから、改札を出られなくて困っているアジア人などというのは、明らかにド素人というか、パリジャンではない、ということが丸判りだった、ということもあったかもしれない。

とにかく当時のパリでは無賃乗車をする人は多く、あるいはパリに旅行に行って、それが印象に残った、という人もいるかもしれない。

その後、慣れてからは僕も何度か試してみたが(笑)改札で待っていて、男性でも女性でもいいが、感じのいい人、気の良さそうな人に、すみません、どうか一緒に通してください、といえば大抵、ああ、いいよ、付いておいで、とふたつ返事で答えてくれる。

少なくとも、イスラム過激派のテロ以前のパリは、ほんとにそうだった。

ひどいのは、すみませんとも何ともいわず、人が出るのに一緒に付いて出てくるやつがいる(笑)

気がつくと、ぴたっと背中に密着して通り抜け、ありがとうひとついわない。

こういう時は、日本人の僕はカチンと来たものだが、パリジャンなら、まぁ、そこで怒るようなことはない。

日本人とはまったく異なるロジックがそこで働くからだ。

無賃乗車を勧める気はないが、無賃乗車を怒らないパリジャンの〝心意気〟、それがなぜかを判っておくことは、あるいは日本人にも役に立つかもしれない。

それは、日常生活のちょっとした潤滑油、といった程度の話にとどまらず、あるいは少子化問題というような、大きな社会問題解決の糸口にまで、最終的にはつながるかもしれない、とさえ思う;)

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